上野で飲食店を経営していた夫妻が殺害された事件では、最終的に7人が起訴されています。初めて事件を知ると、なぜこれほど多くの人が関わったのか、少し分かりにくいですよね。
地域情報メディア『タイトウタイムズ』のエリア担当ライター、ハルです。わたしも裁判の続報だけを見ると、誰が誰に指示したのか分からなくなるので、まず事件全体の流れから見直しました。
今回は夫妻が見つかったところから7人が起訴されるまでをたどり、そのうえで平山綾拳被告の出頭と「出頭しろ」という指示が裁判でどう扱われたのかを見ていきます。
上野で飲食店を営む夫妻が殺害された事件
被害に遭ったのは、上野で焼き肉店など複数の飲食店を経営していた宝島龍太郎さんと妻の幸子さんです。
2024年4月16日の朝、栃木県那須町の河川敷で夫妻の遺体が見つかりました。捜査では、東京都品川区の空き家で殺害されたあと、栃木県まで運ばれたとされています。
事件は那須町で遺体が見つかったことから発覚しましたが、被害者夫妻の生活や仕事の拠点は上野でした。その後の捜査も、夫妻を取り巻く人間関係へと広がっていきます。
平山被告の出頭から捜査が動き始めた
遺体が見つかった翌日の4月17日午前6時半ごろ、平山綾拳被告が東京・五反田の駅前交番へ出頭しました。
平山被告は当時、実行役とされる人物たちに車を渡すなど、事件に関わっていたとされています。平山被告の出頭をきっかけに、捜査は関係者へ広がっていきました。
ハル最初から7人全員が分かっていたわけではないんですね
遺体発見から約2か月で7人を逮捕
捜査は、実際に動いたとされる人物だけで終わりませんでした。誰から依頼を受けたのか、さらにその上には誰がいたのかをたどる形で関係者が浮かびます。
その結果、実行役とされる2人、仲介役や指示役とされた人物、不動産会社経営者、さらに夫妻の長女とその内縁の夫まで捜査が及びました。
2024年6月までに計7人が逮捕され、7月18日に東京地検が7人全員を殺人罪で起訴しました。


なぜ7人なのか役割ごとに見ると分かる
この事件が複雑に見える理由の一つが、犯行に関わったとされる人物の役割が分かれていることです。起訴内容や検察側の主張では、次のような構図が示されています。
- 宝島真奈美被告
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被害者夫妻の長女です。関根誠端被告らとともに殺人罪で起訴されています。
- 関根誠端被告
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真奈美被告の内縁の夫です。検察側は殺害計画を主導し、佐々木光被告へ依頼したと主張しています。
- 前田亮被告
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不動産会社を経営していた人物です。夫妻を殺害現場とされる空き家へ連れて行く過程などに関わったとして起訴されています。
- 佐々木光被告
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関根被告から依頼を受け、平山被告へ犯行の指示を伝えたと認定された人物です。
- 平山綾拳被告
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佐々木被告から話を受け、実行役を集めたと認定された仲介役です。事件翌朝に交番へ出頭しました。
- 姜光紀・若山耀人両被告
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夫妻の殺害や遺体の運搬、遺棄などに関わった実行役として起訴されています。
つまり、7人全員が同じことをしたとされているわけではありません。計画、依頼、仲介、実行など複数の役割があったため、関係者が7人に広がったという構図です。
検察側は殺害依頼が下へ伝わったと主張
検察側は、夫妻との関係を巡って真奈美被告と関根被告が不満を募らせ、前田被告も含めて殺害を計画したと主張しています。
そのうえで、関根被告から佐々木被告、佐々木被告から平山被告へ話が伝わり、平山被告が姜、若山両被告に犯行を依頼したという流れを示しました。
- 関根被告から佐々木被告へ依頼したと検察側は主張
- 佐々木被告が平山被告へ指示
- 平山被告が実行役2人を集めた
- 前田被告は夫妻を空き家へ連れて行く過程に関与したとされる
ただし、ここで大切なのは、7人全員について同じ段階まで裁判所の判断が出ているわけではないことです。起訴内容や検察側の主張と、すでに出た判決は分けて読む必要があります。
佐々木・平山両被告に懲役30年判決
7人のうち最初に裁判が行われたのが、指示役とされた佐々木被告と、仲介役とされた平山被告です。
東京地裁は2026年7月3日、2人にそれぞれ懲役30年を言い渡しました。検察側はいずれも無期懲役を求刑していました。
裁判所は、2人が夫妻と面識がなかった一方、犯行の実現に必要な役割を主体的に果たしたと判断しています。
平山被告はなぜ事件翌朝に出頭したのか
今回あらためて注目されているのが、平山被告が事件翌朝に交番へ現れた経緯です。単純に反省して自ら出頭した、という流れではありませんでした。
裁判で明らかになった内容では、佐々木被告から、まず実行役2人を出頭させるよう平山被告へ話があったとされています。
平山被告は2人に「3人で出頭しよう」と持ちかけましたが、その後連絡が取れなくなりました。そこで佐々木被告から今度は平山被告自身に「出頭しろ」と指示があったという流れです。
出頭直前に携帯電話と車の鍵を渡した
4月17日午前6時ごろ、平山被告は五反田駅近くで佐々木被告と会っています。交番へ入る約30分前のことでした。
このとき平山被告は、携帯電話と車の鍵を佐々木被告へ渡したとされています。その後、午前6時半ごろに駅前交番へ向かいました。
出頭した当初は、自分へ指示した人物について「名前は言えない」と話していました。出頭した時点ですべてを明らかにしていたわけではありません。
検察は上位者を隠すためだったと主張
検察側は平山被告の出頭について、最初は実行役を出頭させようとし、それができなかったため自身が出頭したとみています。
さらに、上位の指示者へ捜査が及ぶのを防ぐ狙いがあったとして、真相解明や関係者の検挙を妨げる行為だったと主張しました。
ここは事実として確定した部分と分けたいところです。「上位者を隠す目的だった」という点は、あくまで検察側が公判で示した見方です。
元刑事の推察と裁判所の判断は別です
元徳島県警捜査一課の秋山博康氏も、上位の人物へ捜査が及ばないよう、下位の人物を先に出頭させた可能性を指摘しています。
一方で、平山被告が出頭したことで捜査が進み、結果として上位とされた関係者の特定にもつながった可能性があるとも述べています。
まだ裁判所の判断が出ていない人物については、検察側がどのような構図を主張しているのかとして読みます。
佐々木・平山両被告については、東京地裁が役割や刑事責任を判断し、懲役30年を言い渡しています。
元刑事などの説明は、経験を踏まえた推察であり、裁判所の認定とは分けて受け止めます。
裁判所は平山被告の自首成立を認めた
検察側は平山被告について、自首とは認められないと主張していました。一方、東京地裁は法律上の自首が成立すると判断しています。
ただし、自首が成立したからといって、大きく刑を軽くする事情にはしませんでした。裁判所は平山被告が犯行で果たした役割を重くみています。
- 出頭
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警察署や交番などへ自ら出向くことを指す一般的な表現です。
- 刑法上の自首
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捜査機関に発覚する前に自ら犯罪事実を申告するなど、法律上の条件を満たした場合に成立します。
自首が成立しても必ず減刑されるわけではない
刑法42条では、自首した人について刑を減軽することが「できる」とされています。必ず刑を軽くしなければならない制度ではありません。
平山被告についても、自首は成立するとしながら、量刑に大きく影響する事情にはならないとされました。
その結果、佐々木被告と平山被告には、それぞれ懲役30年が言い渡されています。
事件の裁判はこれからも続いていきます
佐々木・平山両被告への懲役30年判決が出ましたが、この事件の裁判がすべて終わったわけではありません。7人のうち、今回判決が出たのは2人です。
今後は、殺害を依頼したと検察側がみている関根誠端被告や、夫妻の長女・宝島真奈美被告、前田亮被告、実行役とされる姜光紀・若山耀人両被告についても、それぞれの裁判で責任が判断されていきます。
特に注目されるのは、殺害計画を誰が発案し、どのように指示が伝わったのかという点です。これからの裁判で、今回までに明らかになっていなかった経緯が出てくる可能性もあります。
事件報道は誰の主張なのかを分けて読む
この事件を初めて読むなら、まず「7人が同じ役割だったわけではない」と知っておくと、かなり分かりやすくなります。
わたしも今回あらためて追ってみると、平山被告の出頭から実行役だけでなく、その上の指示系統へ捜査が広がったことが、この事件を理解するうえで大きな部分だと感じました。
今後ほかの被告の裁判報道を見るときも、「起訴内容なのか」「検察や弁護側の主張なのか」「裁判所が認定した事実なのか」を分けて読むと、事件の経過を追いやすくなると思います。













