【台東区谷中】徳川慶喜家の墓じまい|一般的な改葬と違う史跡の事情

徳川慶喜家の「墓じまい」と聞くと、谷中にある慶喜の墓がなくなるのか、これから見られなくなるのかと気になります。ただ、今回の話は一般的な墓じまいとは少し事情が違います。

地域情報メディア『タイトウタイムズ』のエリア担当ライター、ハルです。谷中の歴史に関わる話なので、まず墓そのものがどうなるのか、そのあと誰が守っていくのかが気になりました。

今回は徳川慶喜家の墓じまいについて、一般的な改葬との違い、東京都指定史跡との関係、上野東照宮へ託す話がどこまで進んでいるのかを紹介します。

目次

徳川慶喜家の墓じまいが話題になった

徳川慶喜家の第五代当主となった山岸美喜さんが、第四代当主の徳川慶朝さんから託された「墓じまい」と「家じまい」に取り組んできたことが話題になっています。

ここでいう墓じまいは、墓石を撤去して墓地を返すというものではありません。家族だけで抱えてきた墓所の管理を、今後も続けられる形へ移していくことが中心になっています。

墓がある場所

台東区谷中の寛永寺墓地

墓じまいの意味

墓所の管理と祭祀承継を家族の手から移していくこと

現在の話

上野東照宮へ祭祀承継権を渡す方向で相談が進められている

一般的な改葬とは意味合いがかなり違う

お骨を現在の墓から別の墓へ移す場合は、一般に「改葬」の手続きが必要になります。現在お骨がある場所の市区町村へ、改葬許可を申請する流れです。

ところが今回の徳川慶喜家では、墓をなくすことが目的ではありません。墓所を残したまま管理を家から切り離すというところに、大きな違いがあります。

  • 墓石を撤去する話ではない
  • 慶喜の墓は今の場所に残る前提
  • 家族から管理と祭祀承継を移すことが中心

慶喜の墓は東京都指定史跡になっている

徳川慶喜の墓は、台東区谷中七丁目の寛永寺墓地にあり、東京都指定史跡になっています。最後の将軍の墓ということもあり、一般の個人墓とは違う扱いを受けています。

慶喜は神式で葬るよう遺言し、その墓は円墳状の独特な姿です。墓を自由に動かしたり、傷んだ部分を好きなように直したりできる場所ではありません。

墓所全体を家だけで守り続けるのが難しい

元記事では、墓所には慶喜だけでなく、歴代当主や正妻の美賀子、子どもたちなど多くの墓があるとされています。植栽もあり、草むしりだけでも相当な作業です。

塀や墓碑も傷み、修繕には大きな費用がかかるとされています。これだけの墓所を一つの家が先々まで守り続ける難しさが、今回の話の背景にあります。

ハル

残すために、家だけで抱えない形を探しているんですね

墓石を撤去して更地にはできない

史跡になっている徳川慶喜の墓は、一般的な墓じまいのように撤去して更地にすることができません。傷んだ部分を修繕する場合にも、文化財としての手続きが関わってきます。

残すことと、この先も管理を続けられることの両方を考えなければなりません。墓をなくすのではなく、守る人をどう引き継ぐか。そこが今回の難しいところです。

上野東照宮が管理を担う話が進んでいる

山岸さんは墓所を託せる先を探す中で、上野東照宮へ相談しました。元記事では、上野東照宮側から管理を引き受ける意向が示されたと紹介されています。

谷中の墓所と上野東照宮は場所こそ離れていますが、徳川家との縁は深いところです。慶喜自身も、上野東照宮の御祭神の一人として祀られています。

STEP
墓所を残す

史跡である慶喜の墓を現在の場所で守ります。

STEP
関係先と相談する

東京都や土地所有者の寛永寺などとの相談が必要になります。

STEP
祭祀承継を移す

上野東照宮へ祭祀承継権を渡す方向で話が進められています。

ただし承継はまだ完了した話ではない

ここはニュースを読んでいて、わたしも特に気になったところです。元記事では、上野東照宮へ祭祀承継権を渡したのではなく、これから渡したいという段階になっています。

東京都の史跡指定や寛永寺との関係もあり、これから相談しなければならないことが残っています。現時点で「墓じまいが終わった」と受け取るのは、まだ早そうです。

上野東照宮には慶喜も祀られている

上野東照宮は1627年創建で、現在の御祭神は徳川家康、徳川吉宗、徳川慶喜です。慶喜と縁のない神社へ、突然管理の話が持ち込まれたわけではありません。

上野公園を歩いていると、寛永寺や東照宮をそれぞれ別の名所として見がちです。それでも徳川家の歴史をたどってみると、意外なところでつながっています。

谷中で慶喜の墓を見るなら節度も忘れずに

徳川慶喜の墓は谷中の寛永寺墓地にあります。谷中霊園一帯は歴史散歩で訪れる人も多い場所ですが、もともとは亡くなった人を弔う場所です。

歴史上の人物の墓とはいえ、普通の観光施設とは少し違います。個人墓所へ立ち入らず、周囲の墓参者にも配慮しながら静かに訪れたいですね。

今週末に谷中と上野の歴史をたどってみる

今回の話が気になったら、今週末に徳川慶喜の墓と上野東照宮の場所を地図で見てみるだけでも、谷中と上野のつながりが少し分かってきます。

わたしも普段は上野公園と谷中を別々の場所として歩いています。それでも慶喜をたどってみると、一つの歴史の中でつながっていることが分かります。

墓じまいという言葉だけを聞くと「なくす話」に思えますが、今回はむしろ残していくための引き継ぎです。谷中や上野へ出かける日に、徳川慶喜の足跡にも少し目を向けてみてください。

記事参考URL

情報は更新時点のものです。最新情報は公式サイトもあわせてご確認ください。

この記事を書いた人

ライター・(左から)ハル、ナッシー

台東区に暮らすハルです。地域情報メディア『タイトウタイムズ』で、地域の日常に役立つ情報をナッシーとともにお届けしています。

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